フライフィッシング自分史Montana Fly Shopその2

会社に振り回された転勤も終えて札幌へ戻ってきた僕の趣味の主体はキャンプではなくフライフィッシングへと変貌していた。

生まれたばかりの長男を嫁に任せて毎週のように道南や道東の渓流へ足を向けていた悪い父親。

さらにこの年の6月、僕は大阪時代の知人2名をキャンプしながら北海道道東を案内することになった。

富良野や知床を回って最終日は阿寒湖。

遊歩道を歩いて立ち寄ったボッケの桟橋で僕のその後のフライフィッシングを決定づける出来事を目の当たりにしたのだ。

思えばそれはモンカゲの釣だったのだろう。

湖に立ちこむフライマンのロッドが大きく曲がっていた。

ニジマスか何かをかけたのだろう、と思っていたら上がってきたのは黄金色の大きな魚・・何あれ?

その頃の僕は渓流でイワナやヤマメを釣るくらいで大きな鱒と言えば天川の天然釣り堀の虹鱒くらいのものだから初めて見る大きな黄金の鱒に驚いた。

釣り人に聞くと「アメマス」だという。

しばらく見ていると何本もヒットする・・面白そうだしドライフライで釣れているから僕にも釣れそう!

その日の夕方、僕は大阪の友人を千歳空港に送ってその足でそのまま阿寒湖へ戻った。

車にはフライロッドもフライも積んだままなのだ。

持っているフライはエルクヘアカディスとライツロイヤル、アダムスパラシュート。

ボッケの桟橋から見ると4人くらいのフライマンがいたので邪魔にならないように一番奥の釣り人の右側へ入った。

4人ともガンガンロッドを曲げていて大きなアメマスを何本も釣っていた。

幸いにして僕のエルクへカディスもアメマスに気に入られてすぐに釣れた。何本も釣れた。

4番のタイトループが面白いように曲がる、CFOからはクリック音が何度も響き渡る。

夢のような2日間だった。

釣りで得られた大きな歓喜は人生初・・・緩みっぱなしの顔で阿寒湖を後にした。

その後は仕事も忙しくなってなかなか阿寒湖へ行けなかった。

そして秋、満を持して再び僕は阿寒湖へ向かった。

が・・・

全然釣れなかった、何をやっても釣れないし釣り人も少なくて・・二日間やって坊主。

悔しくて次の週も来てみた・・やっぱり釣れなかった。

そんな時に徳さんに初めて出会った。

徳さんはフィッシングランドの遊漁監視員だ。

「釣れたか?」

いや何にも釣れない

「朝、やってたやつ20本くらい釣ったって言ってたぞ」

そう・・・

「フライ何使ってる?」

これ・・・エルクヘア見せる

「ドライは釣れないべや、この時期は。ゾンカーとかないのか?沈めて引っ張るんだ」

?何それ?・・実はこんなレベルだった僕。

「あっぁ~?知らんのか?」

徳さん流の言葉で説明受けたけれど・・あまりにも知らんことばかりでショックを受けた。

 

自宅へ戻って勝手に弟子入りした師匠のMontanaFlyShop森田氏へ電話をした。

「フライもそうだけれど、フライラインを変えなあかんよ、あとロッドもね」

いろいろ電話で聞いたがどれも手の内にないものばかり・・

「ロッドとラインと一式送るからそれ見てから連絡して」

あまり価格の高くないやつで・・・僕のリクエストだ。

その時に送られてきたのが

オービスヘンリーズフォークーク8.6F 5番、

オービスバテンキル5/6Disk、

SAのWFインターミディとタイプ2のシンキングライン、

注文書一式とオービスのカタログだった。

 

カタログには師匠お薦めのロッドに標があった。

次はこれを揃えろ!ということだろうか。

1998年こうして僕の引っ張り釣りがスタートした。

だがこれからが本当の苦難の始まりだった。

 

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