フライフィッシング自分史Montana Fly Shopその3

リトリーブの釣で最初の難関はキャストだった。
渓流の場合はダブルホールができなくても釣りは可能だ。
湖といえどもモンカゲのように近くでハッチする場合は成立する。
だが沈めて引っ張るには距離が必要でこれがなかなかできない。
ダブルホール!
本を買ってきて読んだが・・ニュアンスが伝わらない。
今のようにネットで探せばゴロゴロ出てくる時代ではないし。
それでも必死に練習した。
雪の中近所の公園でもキャス練した。
何とか20mくらい飛ばせるようになったのは翌年の春だった。

満を持して、ほとんど眠らずに解禁前日雪が残る阿寒湖へ車を飛ばした。
早朝、とてつもなく寒くて震え上がった。
キャストどころではなかった・・・
ガイドもラインもすぐに凍り付いた。
意気込みもやる気も吹き飛んで車で暖を取って温泉に入って帰ってきてしまった。

5月半ば、用事で実家に戻ったついでに丸瀬布にある小さなダム湖へ通った。
その頃は使っていたフライもストリーマーではなくてビーズヘッドのニンフだった。
音別の河口でルースニングで使うよく釣れるフライで、自慢の1本だった。
でこのフライを引っ張たりルースニングしたりで何とか40㎝くらいのアメマスは釣れるようになっていた。

夕方もそろそろ帰ろうか、という時間帯。
クルージングしながらライズを繰り返す鱒を見つけた。
少し距離があるけれど何とかギリギリ届きそうな感じだ。
目いっぱいキャストしてカウントダウン10秒くらいで引っ張る。
ライズは続いているが一向にヒットしない。
そうこうしているうちにライズはどんどん増えてゆく。
もう慌てちゃって無理やりキャストするものだからティペットは絡むし、
フライラインも絡まって釣りどころじゃない。
日も落ちて暗くなってしょぼしょぼ家路についた。

すかさず師匠Montana Fly Shop 森田氏へ電話して指示を仰いだ。
「その感じやとミッジやね、ユスリカ」
じゃドライで行けるんですか・・ユスリカパターンは巻いていた。
「いや、ピューパみたいやから直下のスローなリトリーブやな」
「ソフトハックルの18番くらいでええんちゃうかな」

「それよか、ええとこに電話してきたなぁカワちゃん!」
「レンゼッティのプレゼンテーションバイスが12000円で手に入るで」
「絶対に買おときや、価値出るで!」
「何台いる?10台くらい買おときっ!」
いやいや2台もあれば・・・今思うと10台買えばよかったです。
「そんなもんでエエの?」
価値が分からない僕は自分と友達の分・・・

数日して僕の家にはレンゼッティ―というとても重厚なバイスが届いた。
その中にはソフトハックル用のフロス、オリーブダイドパートリッジのケープが入っていた。
もちろんオービスのPM-10 8.6Fの6番4ピースも一緒だった。

指示通りにフライを巻いてダム湖へ向かう。

「フローティングラインでええからリトリーブは10㎝を5秒かけて引くんやで」
僕は生まれて初めて60㎝を超えるアメマスをキャッチした。
僕の心臓は大きくうねっていた。

 

 

5月後半、ようやく阿寒湖へ。
ローソンで遊漁券を購入してボッケへ向かった。
すでにボッケでは何人かの釣り人がいた。
話を聞くと「厳しい」との答え。
湖面を見ると時々だがライズがあった。
僕はさらに奥のジカタ、さらにその奥のワンドへ入った。
PM-10のロッドにインターミディのライン、12フィート+1mのティペット。
フライは18番グリーンボディのソフトハクル。
ゆっくりと起こるライズのタイミングを見計らってライズの前2m位へキャスト。
しばし待って超スローなリトリーブ、ストップ、リトリーブ。
5回ほど繰り返すと重いあたりと共に水面が破裂した。
2度合わせてラインを引き寄せては走られる。
リールでのやり取りする余裕がない僕の右手薬指が擦れて痛い。
数分後に僕は大きく太いアメマスをキャッチした。
阿寒湖初の大物50㎝オーバーのアアメマスだった。

それからの僕は試行錯誤で作ったフライ(オービスのカタログに載ていたあるフライをヒントに)をボックスに入れ、
北岸や大島、ヤイタイ島などへ渡って引っ張り続ける釣り師になった。

思えば僕の阿寒湖の釣は遠く離れた大阪の Montana Fly Shop 森田氏によって完成度を高めていったようだ。

それから年に一度くらいマテリアルを送ってもらっていたのだが、
ある時から連絡がつかなくなった。
電話をしてもFAXを入れても回答がない。
釣りと仕入でアメリカにでも行っているのだろうと楽観してたが
あるとき〇〇〇掲示板(当時はそういうものがあって)を閲覧していると
「ロータリータイイングというものを知っていますか?」
という内容に目が留まった。

ロータリ―タイイング、実は僕もレンゼッティを送ってもらった時に森田氏から
「そのうちロータリータイイングを見せたるわ」
と言われたのだが、何のことやら分からないまま適当に相槌を打っていたのだ。

すぐにその掲示板へ連絡をしてみると返事が来た。

記憶が曖昧だが甲信地方の女性の釣師だったように思う。
大阪のモンタナという店の常連でバイスを購入したのだがその時にロータリータイイングを教える、
と言われたそうだがそこの店主が交通事故で亡くなってしまって教われなかった。
というものだった。

僕は一瞬凍り付いた。
「亡くなった」・・・まさか・・・同じ人?
日本橋のMontana Fly Shopの森田氏ですか?とコメントすると
そうです、と回答が来た。
亡くなった・・それも4か月ほど前だという。

僕は森田氏個人については何も知らない、お店のオーナーと客の間柄だ。
わずか数年の付き合いだ。
だが勝手ではあるが師匠と慕っていただけにショックは大きかった。
悲しみというよりも僕を支えていた何かが一つ切れたような気がした。

釣り場で思う時がある。

どうしてもライズが取れない、何を投げても食わない。

参ったねぇ、こういうのってどうしたらいいんだろうね!・・・声に出すと

「釣りは、釣れないから面白いんとちゃうやろか」
といった後に
「それは〇×▽みたいな感じで●▼□みたいなライズやないか?」
と聞こえてくるのだ。

 

「釣れたのも釣りだけど、釣れないのも釣り」

「毎日違うから釣りは面白い」

釣りも人生もあるがままに受け入れることを僕は森田氏から教わったのだと思う。

Special thanks to Mr. Morita

3 Comments

  1. Montana Fly Shopの森田さん 今も健在でしょうか?
    フライを覚えたての頃 よくお世話になりました

    今考えると
    森田さんのおかげでOrvis ホフマンにレンゼッティよい物しかなかったです

  2. すみません 全文読んでなったです
    交通事故・・・・・だったんですね。。。残念です

    フライを教えてもらったゆういつの人でした。
    毎週店に通い タイイングからすべて教えてもらいました。

    orvisとホフマンのお店が愛称のモンタナフライショップ!懐かしいです。
    ロッドはオービス ハックルはホフマン以外使うなとよく言われました。アホほど買わされましたが 今思うとすごいですよね

    当時はモンタナ~他のフライショップにホフマンを流してましたしね。

    バンブーロッドを作り出して 一緒にああだこうだ言ってなんとか出来ましたが すごく安く作ってくれました 50000円です

    なつかしい ほんとに!モンタナの名前を受け継ぎたいくらいです

    1. 藤田さん、初めまして!
      僕も同じで初めてフライフィッシングで師匠と呼べる人に出会えた・・Orvisとホフマン付きですが(笑)
      と思ったのもつかの間でした。
      北海道へ戻って何年目でしたか突然返事がこなくなって電話しても出られなくてね。
      ネットの掲示板でしって驚きました。

      今の業界の方も森田さんにお世話になった方多いのではないでしょうか。

      いっそのことモンタナ継いじゃえば!

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