フライフィッシング自分史 Montana Fly Shopその1

外出自粛に操られているわけではないが、もともと出不精だった性格がさらに強まった感じがする。

ただし「面倒くさいから出ない!ではなく家族の安全のために出ない!」

この大義名分を家族も受けいれてくれたので批判されないのがウレシイ・・・もっとも誘われることも少ないし、このご時世に出ようとも言わないよね。

増えた在宅時間・・自分と向き合う時間は

釣りをする時間、フライを巻く時間、ランニングをする時間、体を鍛える時間、そして考える時間というカテゴリーで消化されてゆく。

そして自分と向き合う時間の集大成、締めは「整理する時間」に尽きる。

20年も住めば家の内外にも修理が必要なもの、壊れてしまって廃棄すべきもの、買いなおさなければいけないもの・・たくさんあります。

もちろん自分が捕らわれてしまった「物欲」についても整理対象であることは言うまでもない。

昨日は小さなクローゼットの上に積んであった雑誌の整理にトライした。

パラパラめくりながら「いるもの」「いらないもの」と仕分けしてゆくが「ときめくもの」が多すぎて捨てきれない。

その中で懐かしくもウレシイものが出てきて僕の手を止める。

ずーっとそこにあったし、いつで見ることができたはずなのに、20数年ぶりにそれを見た気がする。

 

それはまだフライフィッシングを始めて3、4年目くらいのころ。

サラリーマンだった僕は本社のある大阪への転勤を命ぜられた。

当時僕の趣味は車に積みっぱなしのキャンプ道具と共に嫁と二人で週末は道内のどこかへキャンプへ出かけること。

少し長い休みが取れると北は礼文島から南は白神山地まで走り回った。

テントを設けて焚火を囲んで星を眺めては酒を呑む。

隣を流れる川で釣りをする・・・この至福の時が無くなる!・・・大いに悩んだ、考えた。

でも生まれてくるであろう我が子と将来を考えてしぶしぶ大阪へ転勤を選んだ。

だが何が幸いするかわからないもので大阪でも社内で釣りキャンプ仲間ができた。

時々ではあるがお誘いを受けて和歌山や奈良、福井などへ釣りキャンプへ出かけることができた。

だから単身赴任ではあったがこれはこれで楽しかった。

しかし我流で始めたフライはまだまだ初心者レベルで北海道東北であればイワナの宝庫だから僕でも釣りになったのだが、

さすがに放流魚の多いこちらは「渋くて」釣れないことが普通だった。

解禁日の朝に川の100m区間に何十人も並んでいる釣りっていうものも初めて見たしね。

使うフライも北海道とは少々違っていたのでマテリアルを求めて大阪のプロショップへ行くことにした。

ネットで調べて比較的住まいから近い店を選んだ。

その店「Montana Fly Shop」は日本橋のこじんまりとしたビルの中にあった。

オーナーのロン毛で茶髪のおっさん森田氏。

見るからに関西的な風貌と言葉の持ち主で柔らかくグイグイ攻めてくる。

気が付けば購入したのはマテリアルではなくてロッドだった。

「あんたロッドはなに使ってはるの?」

〇×▽□ですけど。

「ツーピース?」

そうです・・・

「これええよ、オービスのタイトループっていうんやけどね、4ピース4番」

「アマゴからシーバスまでいけるよ!」

この店は狭くてロッドを4セクション繋げない(笑)から廊下で繋いだ見せてくれた。

いや●●川で使うフライは何が・・・シーバスって何?

「リールは何つこうてはるの?」

結局

僕は当時住んでいた会社の寮までオービスのフライロッドとCFOを持ち帰ることになった。

その後は週末釣りへ行かない時はMontana Fly Shopへ行きフライの手ほどきを彼の口から受けるのだった。

 

その2へ続くのだぁ~

 

 

 

 

 

 

 

 

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